酷い蒸し暑さだった。
体中汗でべっとりと湿って、とても寝てられるもんじゃねぇ。
オレ以外のやつはものともせず寝てるが…そこが繊細と図太いって違いだな。
いびきが鳴り交う部屋で何度かの寝返りの後、どうにも寝てられなくてタンクトップ一枚引っつかんで外に出た。
中よりかは風がある分涼しいが、それでも暑いことにはかわりねぇ。
寝れねぇもんはしよーがない、冷てぇシャワーでも浴びて、一杯やる事に決めて風呂場に向かった。
脱衣所の前まで来て異変に気付き、気配を集中させる。
「…誰かいる?」
水音は聞こえないし、勿論話し声も。
けど、確かに誰かの気配を感じる。
ルフィ、ウソップは寝言が聞こえたから部屋にいるし、チョッパーの帽子も膨らんだベットにあった。
女の子達がこんな遅くにシャワー浴びるはずないし。
可能性があるのは今夜見張り番のマリモだけ…か?
見張り台を見上げてみるが誰かいる様子はない。決定だ、中にはゾロがいる。
でも何してんだ?
極力音を立てずに真っ暗な脱衣所に侵入して、耳を潜めた。
あいつだったら気配で誰が入って来たかなんてすぐわかるかもしれねぇけど、オレだってそれなりに気配の消し方くらい知ってんだ。
そう簡単に見つかるようなヘマはしねぇ、はず。
浴室からはぼんやりとした光が木の扉の隙間から零れ、そこだけが切り取られているように錯覚させられた。
ゆっくり扉に耳を近づけ、中の物音一つ漏らさないよう集中する。
「…っ、ん、ん…ふぅ」
…中から聞こえる声はどこか熱っぽくて苦しげで…胸が高鳴るのは何故なんだ?
もっとよく確かめようとそっと開いた扉の隙間から中を覗く。
クリアに聞こえるようになった声に、うるさいくらい高鳴る動悸を抑えることが出来ない。
…動悸っつーか腰の辺りがウズウズするんだけどな。
「ふあ…んっ、ぅん…イ…」
「…っ!?」
そこにはお湯のない浴槽に入って俯き、細かく体を揺らすゾロがいた。
俯いてるから表情まではわからなかったが、時折身体を大きくビクつかせる姿は何かを耐えているようにも思えて、突然不安になった。
まさか、傷が開いたんじゃねぇだろな!?
そんな考えが頭を過ぎった時、オレは既に扉を開けて中に入っていた。
冷静になんか考えてるヒマなかったんだよ。マリモ剣士は一人で我慢する事しか知らねぇから、ほって置いたらいつか取り返しのつかなくなるかもしれない。
「おい!てめぇ、大丈…夫……か…」
でも、これほど冷静に考えなかった事を後悔したことはない。
ゾロは驚きと困惑の表情をオレに向けて固まっている。
その手は先走りで濡れて勃起している自身をしっかりと握っていた。
気まずい!非常に気まずい!
ゾロはただ一人でヤッてただけで…オレの勘違ってやつ…。でもあのゾロが一人で…いや、そりゃ男だからよ…溜まるか。オレだって一人でヌく事もある。
でもそれを見られた事も見た事もない。どう対処すりゃいいかなんて…。
「…おい」
あの時のオレはなんてバカなんだ、時間を戻せたら…いっそ忘れてしまえれば…は!そうだ、いつかウソップが話していたハートの眼鏡をかけた催眠術士。そいつを探して忘却術を…。
「おい。アホ面ぐるまゆ」
「…んだよ!クソうるせぇな!今考えてんだ!」
「…あ?」
「…いや、その…ハートの眼鏡が…」
「用ねぇんなら出てけ」
「あ…はぃ」
のろのろと脱衣所から出て扉を閉めた。
海は何事もなかった様に静かな波音をたてて船を押している。
ガクンと足の力が抜けてその場に座り込んで、煙草に火をつけた。白い煙があっとゆう間に風に掠われてく。
こつんと後頭部が壁にぶつかり音をたてた。
すんごい後悔と自己嫌悪と少しの動悸。
動悸の理由はたぶん…今まさに絶頂を迎えようとしていたゾロだ。
目ぇ潤んでた、頬と唇がピンクくなって、汗で全身も紅潮していた。はっきりとゾロの身体を思い出せる。
そして、今ゾロの下半身と同じ状態でいる自分に悪態をつく。
「どうなってんだよ…」
激しくなった動悸を押さえるために胸の辺りのシャツを掴んだ手は、爪が白くなるくらい力が篭っていた。
次の日も空は快晴で絶好の釣日和とルフィ、ウソップ、チョッパーが三人並んで海に竿を垂らしていた。
ナミさんとロビンちゃんは部屋で読書中だし…言うなら今だ!
船尾で大の字になって寝そべっているゾロの隣に座り率直に用件だけ述べた。
「なぁ、ゾロ?港につくまで相手してやろうか?」
「…なんのだよ」
目を開けずに返事が帰ってくる事なんて予想内だ。
オレは勤めて普段の会話っぽく主語だけを伝えた。
「SEX」
寝転んだまま開かれた瞳がオレを睨む。
「…お前…ホモか?」
「…違うだろ」
「ならオレに構うな」
「いいじゃねぇか、一人よりも気持ちイイし…」
なんだ?
「あと何日したら陸につくかもわかんねぇし…」
なんでこんな…
「オレだって誰かとヤりてぇんだよ。なぁに、ただの欲求不満処理だ」
必死になってんだオレ?
それからゾロと行為に及ぶ夜が始まった。
二人とも血気も性欲も盛んな19才。ほぼ一日おき位ずつ体をあわせた。
ゾロは「何でオレが掘られる側なんだ?」と不満を漏らしたが、知識と経験の差を嫌ってほど実感させると文句もなくなった。
でもまぁ、元々それが目的だった訳だし。
普通じゃない関係が2、3週間程続いたある日、ディナーの準備をしているとゾロが酒を漁りにキッチンへと入って来た。
ずんずんと他に目もくれず酒瓶を掴み、まるでそこに誰もいなかったかのように出ていこうとしている。
扉に手をかけたゾロが、何か思い出したようにオレの方に振り返った。
「ああ…そうだ、明日港につくんだと。互いに、当分世話になんねぇように思いっきりやってくっか」
ニヤリと笑うゾロにしたら何て事ない普通の会話なのだろう。
でも、オレはそれを聞いた瞬間に体中の血が沸騰したような、頭を鈍器で殴られたような…そんな衝撃が走った。
SEXの最中ゾロは一度たりともオレの名前を呼ばなかった。キスもしなかった。それがゾロにとってのこの行為の意味を語っていることは知ってたさ。
それでもいつかは…と期待して、願って、ゾロの名前を繰り返し呼んだ。
オレはゾロともっと近づきたいから、例えただの性欲処理としてでもSEXしようと口実を作ったんだ。
男と女は寝てみて初めて相性が分かるって言う。
男同士だって同じ事だろ?
オレはお前と相性ピッタリって実感した。
知らねぇと思うけど、お前と初めて寝た日、オレがどんだけ謎の緊張にビクビクしたかと思ってんだよ。
あと…どんだけ嬉しかったか。
「…オレはもうお前以外抱くつもりねぇよ」
ゾロの酒瓶を持つ手にオレの手を重ねて、目を見て言ってやった。
自分から目を反らす事を知らないゾロは真っすぐオレの目を見返して、怪訝な表情を浮かべる。
ゾロの言いたいこと位分かってる。でもな、オレももう引けねぇんだよ。
「…そんな感情…オレとお前には必要ねぇモンだ」
「ねぇ訳ねぇだろ!?…オレだってなんでそう思うかなんてわかんねぇよ…わかんねぇけど嫌だ…!てめぇがオレ以外と寝るなんて、嫌なんだよ!それくらい分かれ!クソマリモ!」
一気にまくし立てて、今思ってたこと全部ぶちまけた。
思ってるつっても、オレ自身よくわからん気持ちの方が多いけど。
自分の事は自分が1番知っている、と浅はかな考えしか持たなかった自分の愚かさがようやく分かった。
自分なんて、オレが1番見えねぇじやねえか。
理不尽な訴えに気を悪くしただろうな、と思ったがゾロは何故か呆れたように笑っている?
「てめぇがわかんねぇモンをオレが分かれって?…ったく、どこの我が儘っ子だよ」
「…わかんねぇ癖に偉そうな事言うんじゃねぇ」
「………オレには分かってる…でもな、てめぇが自分で気付かなきゃ意味ねぇんだよ」
「んだよそれ!オレの気持ちをオレが知りてぇつってんのに、隠すんじゃねぇ!アホマリモ!」
「あぁ?じゃあ言ってやるよ!てめぇはオレが好きなんじやねぇか?」
「…ヘェ?」
思わず声が裏返る。
言ってしまったことに後悔したゾロは、バツの悪そうに口を手で隠してキッチンから姿を消した。
オレが?
ゾロを?
好きだって?
一体何処からそんな発想が浮かんでくるのか…ありえんだろ?…いや、有り得なくないか…だからSexを誘ったんだ。
オレよりもゾロの方がオレの事を分かってたって事か。
でも、それよりも驚いたのは…ゾロがそれに気付いていてもなお、オレに抱かれるって事だ。
あの絶対自分主義のゾロが…。
オレは慌ててキッチンから飛び出してゾロを探した。
船先にも船尾にも倉庫にもいねぇってことは…見張り台か。
「ゾロ、オレお前の事クソ好きみたいだ!」
「でけぇ声だすなアホ!」
見張り台で隠れるようにうずくまっているゾロの頭上で叫ぶと、真っ赤な顔で睨み付けられた。
それがかわいいとか思っちまうんだから、よっぽど重症だな。
チッと舌打ちのあと、体育座りで膝の間に顔を埋めるようにうずくまったゾロがぽつりと低い声で呟いた。
「……やっと気付いたか」
「…ああ、ごめんな。これからは寂しい思いなんてさせねぇからな!まずは祝☆恋人Sexで祝おうじゃねぇか」
「はぁ!誰が恋人だ!?脱がすな!」
「え?オレとお前だろ?オレ達両思いじゃねぇの?」
「誰が両思いだぁ!」
「じゃあテメーはなんでオレに抱かれてんだよ!?」
「お前が言ったんだろ、『ただの欲求不満処理』って」
「…じゃあじゃあ、お前オレの事好きじゃねぇの?」
「………嫌いな奴と寝たりしねぇ」
…一気に萎えちまった。…結局オレだけ好きになっちまったって事か?クソッ、てめぇが1番訳わかんねぇよ!
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ゾロに振り回されるサンジがスキ。